なぜ国は公共サービスを提供するのか?私たちの生活を支える仕組み

国民は国に納税し、国はそれを原資に国民に対して公共サービスの提供を行います。

このような公共サービスの提供の役割をすべて民間に丸投げしてしまえば、税金の徴収も不要となり、国民も納税に苦しめられることもなくなるようにも思えます。

しかし、現実の世界では国民には納税義務が課せられ、国は税金を原資に国民に対して公共サービスを提供します。

それでは、なぜ国は公共サービスの提供の役割を民間に丸投げせず、国が公共サービスの提供を行うのでしょうか。

今回はこの疑問点を解消したいと思います。

(注)ここら辺の話は「公共経済学」などをしっかりと学習することで語ることのできる話なのかなと思います。しかし、このブログは「公共経済学」をしっかりと学んで書いた記事ではありません。なので、間違ったことを言っている可能性もあるので、ご了承下さい。

国民の生活を支える土台の構築

今現在の日本人の生活を支える最低限用意されなければならない土台というものがあります。

それはたとえば「国防、警察、裁判、インフラ整備、教育、医療、福祉」などです。

これらの土台がちゃんと機能することで、我々日本人の生活が支えられているのです。

それでは、これらのサービスを提供する役割を国ではなく、民間企業が提供する仕組みにすることができないのかという疑問が生じます。

「排除原則」と「競合性」

いきなり「排除原則」と「競合性」という言葉を出しました。「何それ?」ということになるのですが、今回の話を理解するための重要なキーワードとなります。

✔「排除原則」

「排除原則」とは「対価の支払いを行わない人にはサービスを提供しない」という原則です。

通常の取引においては、何らかのサービスの提供を受ける場合、その対価の支払いを行います。反対に言えば、対価の支払いを行わない人にはサービスを提供しないということです。たとえば、お店でモノを購入する場合、購入者がお店にその代金を支払わなければ、お店はその人にモノを提供しません。

しかし、世の中には対価の支払いを行わない人にもサービスの提供がなされるものがあります。たとえば警察は国民に対して「安全」というサービスを提供しますが、その「安全」というサービスは全国民に及び、その対価を支払わない人にも「安全」というサービスの提供がなされます。このような警察による「安全の提供」というサービスには「排除原則」の適用が不可能です。

✔「排除原則」を適用できないサービスは民間が提供する仕組みを作ることが難しい

「排除原則」が適用できないサービスの具体例として警察による「安全」というサービスの提供がありました。

警察による「安全」というサービスの提供は全国民がそれを享受することになります。このようなサービスは民間企業が提供することは困難です。

なぜなら、ある人は「そんなものはいらないから、対価なんて支払わない」という人がいたとしても、結果としてその人にも「安全」というサービスを提供することになり、また対価の支払いを行っている人にとっても、対価の支払いを行わずして同じ恩恵を受けられるのなら、自主的に対価の支払いを行なおうとする人も少なくなり、事業継続に必要な経費を回収することができず、継続的な経営が不可能だからです。

以上から「排除原則」を適用できないサービスは民間が提供する仕組みを作ることが難しいのです。

✔「競合性」

「競合性」とは「ある人がサービスの提供を受けることにより、別の人がそのサービスの提供を受けられなくなる可能性があること」を言います。

たとえばパン屋さんでアンパンが10個販売されている場合、Aさんがそのアンパン10個を全部購入すると、Aさん以外の人はそのアンパンを購入できません。

これに対して「ある人がサービスの提供を受けても、別の人がそのサービスの提供を受けられなくなることはないサービス」も存在します。これを「非競合性」と言います。

たとえば街の街灯などは「夜道を明るく照らして安全に歩行できるというサービス」を提供しますが、Aさんがそのサービスを享受したからと言って、別の人がこのサービスを享受できなくなることはありません。

✔「競合性」がないサービス(「非競合性」のあるサービス)は民間が提供する仕組みを作ることが難しい

街の街灯などの「夜道を明るく照らして安全に歩行できるというサービス」の提供は、競合性がないのと同時に、「排除性」(対価の支払いを行わない人にはサービスを提供しない)を備えることも困難です。

よって民間企業が「夜道を明るく照らして安全に歩行できるというサービス」を提供しても、その料金を利用者から徴収する仕組みを作ることが著しく困難なのです。

しかし「競合性」がないサービスであっても「排除性」を備えることができるなら、民間人が収益を上げる仕組みを整えることは可能です。

たとえば「動画配信サービス」は「競合性」がないサービスですが、視聴者を限定することで「排除性」を備え、視聴者のみから料金を徴収するというサービスの仕組みを整えることが可能です。

国が提供すべき公共サービス

サービスの提供を民間企業に任せずに、国が提供すべき公共サービスとして大きく2種類に分けることができます。

ひとつが「純粋公共サービス」と言われるものであり、もうひとつが「準公共サービス」とも呼ぶべきものです。

✔「純粋公共サービス」

「純粋公共サービス」とは、国民の生活を維持するために必要不可欠なサービスで、かつ、さきほどの「排除性」または「競合性」のいずれかを備えていないために、民間企業でサービスの提供の仕組みを構築できないものです。

たとえば「国防、警察、裁判、インフラ整備など」です。

これらのサービスは民間で構築して、収益を計上し、経営を成り立たせていく仕組みを作るのが非常に困難であると同時に、国民の生活を維持するために必要不可欠なサービスなので、国がこれらのサービスの提供を担当する訳です。

✔「準公共サービス」

「準公共サービス」とは国民生活を維持するために必要不可欠なサービスで、かつ、さきほどの「排除性」及び「競合性」の両方を備えており、民間企業でサービスの提供を行う仕組みを構築できるけれど、民間で提供されるよりも国が提供すべきものとして国民が考えているものを言います。

たとえば「教育、医療、福祉など」です。

たとえば「医療」などは保険適用がなされますが、対価の支払いを行わない者は診療などのサービスを受けることができないので、「排除性」を有しています。また、医者が患者を診療することにより、その診療中はその医者は他の者を診療できないので、「競合性」も有しています。

このような「排除性」も「競合性」も有している「診療」というサービスの提供は、民間企業に任せても経営が成り立ちます。しかし、診療を民間に任せてしまうと裕福な者のみが診療を受けることができ、お金を沢山持たない人は診療を受けられなくなるという事態が生じることが起こり得ます。よってこのようなサービスは民間が提供するのではなく、国が提供することで国民の健康で文化的な生活を維持するのです。

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