役員給与は本来は法人の収益獲得に貢献する費用として損金に算入されるべきであると言えます。
しかし、役員給与は役員自身が自らその額を決定できるため、役員給与を利用した恣意的な租税回避が可能となってしまいます。
そのような役員給与を利用した租税回避行為を防止するために、法人税法34条の「役員給与の損金不算入規定」が存在する訳です。
このような役員給与は、役員給与を受け取る役員側において所得税などが課税されることになります。
そして役員給与は、この役員給与を受け取る役員側に課税される所得税との関係においても問題を孕んでいます。
今回は、役員給与とそれを受け取る側に課税される所得税などに関連して生じる問題について解説します。
概要
上記で「役員給与とそれを受け取る側に課税される所得税などに関連して生じる問題」と言いましたが、とても抽象的な言いまわしなので、まずはここで取り上げる問題を具体的に分かりやすく説明します。
もしも役員給与が損金不算入となった場合、当該役員給与につき法人税が課されると同時に当該役員給与を受け取った側で所得税が課されます。つまり役員給与につき法人税と所得税が二重課税されるいう問題が生じます。
反対に、もしも役員給与が損金算入された場合、当該役員給与を受け取った側だけで所得税が課されます。よってこの場合は役員給与につき、法人税と所得税の二重課税問題が解消しています。
しかし、当該役員給与を受け取った側では、「給与所得控除」が認められるため、この部分につき「二重控除がなされている」という問題が生じます。つまり、役員給与につき法人側で損金算入された場合、当該役員給与につき法人税は課されず、他方当該役員給与は受け取る側で所得税が課されますが、給与所得控除部分には所得税が課されないので「給与所得控除部分は法人税も所得税も課されていない」という「二重控除問題」が生じるのです。
今回取り上げるテーマがこの「二重控除問題」です。
「二重控除問題」が特に問題視された場面(一人会社の場面)
この「二重控除問題」が特に問題視された場面は「一人会社の場面」です。
これは個人事業主との比較で問題となります。以下説明します。
たとえば、ある個人事業主甲は収入1000、必要経費300を計上しました。この場合の所得税の課税ベースは「1000-300=700」となります。
そして当該個人事業主である甲は一人会社乙を設立しました。そして行う事業は個人事業主のときと全く同じでした。そして事業を行うことにより収入1000、経費300を計上し、また甲に対する役員報酬として200の定期同額給与(過大部分はなし)を支払いました。
この場合の乙法人の法人税の課税ベースは「1000ー300-200=500」となります。そして甲は200を受け取っているので、当該200に対して所得税が課税されますが、役員給与は所得税法上給与所得控除が認められるため、200全額に所得税が課税される訳ではありません。
よって、甲が個人事業主として事業をしている場合も、一人会社乙を設立して事業をしている場合も行っている事業は全く同じなのに、個人事業主の場合は「1000-300=700」に対して課税されるのに対して、会社を設立した場合は「(1000ー300-200)+(200-給与所得控除額)」に課税されるということになり、一人会社を設立して事業を行った方が税金的にお得となり、両者の間で課税の不公平が起こってしまうのです。
平成18年会社法施行と旧法人税法35条の導入
平成18年度会社法施行前は「最低資本金制度」というものが存在しました。この制度の下では株式会社を設立するには「資本金1000万円以上」が必要であり、会社設立のハードルがとても高かったのです。
しかし平成18年度に会社法が施行されることにより、この「最低資本金制度」が撤廃され、資本金は1円からでも会社を設立することが可能になりました。
よって平成18年度会社法施行前は、会社を設立するハードルが高かったために、上記のような「個人事業主が一人会社として法人成りをし、二重控除の恩恵を受けて税金上のお得を受けよう」という租税回避スキームがなかなか使えない状況でした。
しかし平成18年度の会社法施行により、資本金が1円からでも会社を設立することが可能となり、「個人事業主が一人会社として法人成りをし、二重控除の恩恵を受けて税金上のお得を受けよう」という租税回避スキームを使うことが容易になってしまいました。
この租税回避スキームを防止するために、同じ平成18年度に法人税法が改正されて、旧法人税法35条(特殊支配同族会社の業務主宰役員給与に対する損金不算入制度)が導入されました。
この旧法人税法35条は「役員が受け取る給与につき認められる給与所得控除部分を実質的な経費の二重取りと考えて、法人側でこの部分の損金算入を否定する」というものです。
しかし、そもそも役員給与は法人が収益を獲得するための要した費用です。つまり、役員給与には「費用性」が認められるのに、単に二重控除を排除するために役員給与の一部の損金算入を否定することには問題があります。
そこで、当該旧法人税法35条は廃止されることになり、給与所得控除の額を調整することで二重控除問題(特に一人会社と個人事業主との課税の不公平という問題)に対処することになりました。
給与所得控除の縮小
平成24年度における所得税法の改正により、給与等の収入金額が1500万円を超える場合、給与所得控除は245万円で固定されることになりました。つまり給与等の収入が1500万円を超えると、収入がいくら増えようが給与所得控除の額は245万円で頭打ちになるということです。
これにより、給与収入が1500万円を超える部分については給与所得控除がなされないので、1500万円を超える部分につき所得税が課されることになり、法人税と所得税の「二重控除問題」は解消されることになりました(しかし給与収入1500万円以下の部分は依然として二重課税問題は残されたままです)。
この改正がなされることにより、個人事業主と一人会社の課税の不公平はある程度是正されることになりました。
そしてその後、立て続けに所得税法が改正されて、当該給与所得控除の幅が縮小されていきます。
平成28年度からは給与等の収入金額が1200万円超となると給与所得控除の金額は230万円で頭打ちになり、平成29年度からは給与等の収入金額が1000万円超となると給与所得控除の金額は200万円で頭打ちとされました。さらに平成30年度改正により、令和2年度以降は給与等の収入金額が850万円超になると、給与所得控除の額は195万円で頭打ちとされることになりました。
このような改正により、確かに個人事業主と一人会社の課税の不公平は是正されることになります。しかし、当該給与所得控除の縮小は全給与所得者に適用されるものであり、単純に労働者の手取額を減少させる改正であるという側面も持ち合わせていました。
平成26年度税制改正の大綱でも「給与所得控除の水準が所得税の課税ベースを大きく浸食しており、実際の給与所得者の勤務関連支出に比しても、また主要国の概算控除額との比較においても過大となっていることから・・・漸次適正化のための見直しが必要である」と説明しています。
元々給与所得控除の縮小の主な目的は、個人事業主と一人会社の課税の不公平の問題を解消するためでしたが、給与所得控除を縮小する主な目的が「給与所得者の大きすぎる給与所得控除を適正額に修正するため」というものににすり替わっていったという印象があります。

